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ちかねえ
ちかねえ
目に見える事だけが全てではない。
最近、この言葉の意味がよくわかってきたようなきがします。
日々の気づきを書きこんでいってます。遊びにきてくれてありがとうございます。

2011年08月31日

訃報

それを知ったのは 今日のお昼

携帯でブログを見て知った。

涙があふれて 言葉にならなかった。。。。

まあるさんちのミントちゃんが 虹の橋を渡った。。。。。

昨年 CDの曲の中に入れるわんこの鳴き声を録音しに まあるさん宅を訪れた時のこと。

大きな尻尾を ふっさふっさと揺らしながら「いらっしゃ~~い」とばかりにと近寄ってきてくれた。

すごく貫禄があり まある家を守っていますというような そんな感じで。

でも お顔はとっても優しくて 他に居たワンちゃんたちの中でも ずっと落ち着いていたミントちゃん。



お加減が悪くなって それでも 元気になってきてるというお話をまあるさんから聞いていたので

まさか こんなに早く逝ってしまうなんて。。。

私は風を迎え入れるまで 私が19歳の時に亡くなった コッカースパニエルのぺぺの死から立ち直れず

ずっとそれを引きずっていた。

小学校2年の時に 近所のおうちが狆を飼い始め、とてもかわいかったので

親に無理を言って 狆を買ってくれるようにねだった。

その頃 丸正百貨店の屋上にペットショップがあって そこに母と兄とで見に行ったけれど

狆がいなくて その代り妙にハイテンションの耳の垂れた変な犬がいて その犬に目が釘づけになった私。

「ディズニーのワンワン物語に出てくる レディーちゃんや!! この犬がほしい 狆はもういらん」と

母に言い 兄と二人で抱きかかえて連れて帰った記憶がある。

私は兄と9歳離れているので 兄弟と行っても男と女やし あんまり一緒に遊んだ記憶はない。

ぺぺがうちに来てから 父がすごくぺぺを可愛がり 父の車でぺぺと一緒に

いろんな所へ行った。

辛いときはぺぺのそばで泣いて 楽しいときはぺぺのそばで笑って ぺぺの子供が4匹生まれた時は

どの子も ずっとそばに置いておきたくて 一匹一匹もらわれて行くたび 号泣し両親を困らせた。

10歳を過ぎたころから 体調が悪くなり 自転車の前カゴに乗せて 病院に連れて行った。

日増しに調子が悪くなり 土間で寝ていることが多くなり すごく太っていたのに

食べられなくなっってからはやせ細って 母と交代で夜中も様子を見ている日が続き

いよいよ今夜あたりが山場という日 母と交代してすぐぺぺの呼吸がおかしくなり

黒い便をいっぱい出して 大きな息をひとつして そのまま動かなくなった。

この時のことが辛く忘れられず ずっとずっと尾をひいていた。

風が我が家になってきたのは 8年前に私の父が亡くなり 精神的ショックで私が変になっていた時

偶然ペットショップの奥さんが「紀州の子犬はいったんやけど」と車に乗せて風を連れて来たのが

はじまりで 私の状態を心配していた主人が飼うと決めて、その日から豆台風がやってきたような

騒ぎで 父のことを悲しんでいる間もない毎日が続き 私は風に助けてもらった。

ぺぺの事も父のことも風がつないでくれたんだと思う。

今回のみんちゃんの訃報は本当にショックで とても他人事だとは思えないけれど

れんげ畑にての歌詞にもあるように 「失う事を恐れるよりも 出会えた奇跡に感謝しよう」とおもう。

ミントちゃん 安らかに。。

また 逢いましょう。。。

  

Posted by ちかねえ at 18:58Comments(2)ふうちゃん